福大附属中学校①

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本日研究大会が開催されました。

本学附属は「探究するコミュニティ」をテーマに各教科でロングスパンの授業開発を行い、実践しています。

本日は「江戸幕府はなぜ260年間も続いたのか」(歴史)と「今、福井市に何が必要か」(公民)を主題にした授業の一コマを参観しました(写真は、公民の授業の様子)。

批評会でも指摘しましたが、いずれも「合理的意思決定」を目指す授業として構成されています。

「合理性」を担保するために、両授業とも、様々な工夫(資料や新聞資料の用意や教師による質問)がなされている点。また「合理性」を担保するために、歴史の授業に関しては歴史学の研究成果と言っても良い「理論的枠組み」(「政治権力集中論」「競合勢力排除論」など)に子どもを「追い込む」ことができるように工夫されています。これらの点は評価できるでしょう。

歴史の授業については、「理論的枠組み」を理解することを到達目標にしている側面もあり、授業のゴールも見えやすくなっていました。ただ、今後の授業構成として「理論的枠組み」の順位付け(江戸幕府が260年も続いた理由としても最も重いものは何か)を歴史学の研究成果を踏まえ行うことも大切になるでしょう。すなわち子どもたちが考える重要な理由と学者が考える理由が異なれば、それは「なぜ異なっているのか」を追究することで、歴史認識の深化が図れると思います。

公民の授業については、「福井市にこれから求められる政策」を検討する上で必要な資料を用いようとはしていましたが、十分な読み取りや「机上の空論」で議論していた側面はありました。ただ「発意」の授業と考えれば許容範囲ではないでしょうか(百歩譲って)。これから子どもたちが自分たちの主張の根拠を見つけることが出来なければその主張は成り立たなくなります。主張の合理性を子どもたちが十二分に調べることが出来る授業構成が今後求められることになります。また公民の授業はこれから「社会参加」で構成することになっており、社会構成員である市役所の専門家による評価を逐次(最後だけでなく)求めることで子どもたちの主張の合理性を担保することが可能になるでしょう。本当は、ある程度、自分の主張の合理性を確保した段階での授業を拝見したかったと思います。また市役所の人にも授業に入ってもらい、議論を調整してもらう場も拝見したかったですね。それとやはり子どもたちが資料を読み取って十分な主張が可能になるように一次資料を出すだけでなく、資料を加工する必要があったのではないでしょうか。

これまで三年間、同じタイプ(形式)での授業実践を繰り返してきました。今後は新しいタイプ、例えば歴史で言えば、歴史学の学者による思考プロセスを用いるもの、また公民で言えば、政策決定プロセスを用いるものが考えられます。特に後者は「政治社会そのもの」であり、社会をより実質的に理解する上では必要になる学習過程です。

また大きな問いだけでなく、大きな問いの答えに至るための「小さな問い(2~3時間)の連続体」として構成する必要も出てくると思います。
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by yasuhirohashimoto | 2006-06-02 18:51 | 研究のこと | Comments(0)

福井大学教育学部の社会科教育学担当者が日々感じること、研究のことなどを気の赴くまま記しています。


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