金沢市立押野小学校

昨日、同小学校で開催された授業研究会に助言者として参加しました。

授業は小学校6年生の歴史単元、鎌倉時代から始まった「武士の時代」が進展する過程の中で、加賀地方を治めていた守護・富樫氏が自害したことについて武士と農民の立場に立ち意見を述べ合うといった構成です。

富樫氏は一向宗の信徒(農民)により自害に追い込まれ、加賀地方は後に100年の間、「百姓の持ちたる国」として存続していくことになります。「武士の時代」が進展していく中で、例外的ではありますが、宗教の影響もあいまって、「百姓支配」の国が成立することになります。

この授業では、子どもたちから富樫氏の自害について以下のような意見が出ました。

〈百姓〉
・豊かにくらせる ・苦しい税を支払わなくてすむ ・同じ百姓なら百姓の気持ちもわかってくれる

〈武士〉
・百姓に負けてくやしい ・なんで私ら武士が百姓なんかにくやしいでござる ・百姓が自分より上というのが不満でござる ・百姓に頭を下げるのがいや


このような子どもたちから出た意見は子どもたちの百姓や武士に関する既有知識(正確かどうかは別にして)を質問に適用し返答したものです。

単元や授業の導入の質問としては適切かもしれません。ただこの後の展開としては、歴史学の研究成果を踏まえて進められなければならないでしょう。当時(富樫氏治世下)の百姓の様子、武士の様子を踏まえて、子どもがそれぞれの立場に立って意見を言う場面も必要になるでしょうし、その結果としての富樫氏の自害を受け、例外的な国である「百姓支配の国」が完成したこと。その意義は何なのかということをこどもに掴ませる必要もあるでしょう。

反省会では「『百姓のもちたる国』の事例で宗教の影響を小学生に学ばせるのは難しい」「『百姓の持ちたる国』を『下克上の走り』として扱う方法もある」「富樫氏の事例を使って何を子どもたちに掴ませるのか、日本の歴史を大きく捉える中で富樫氏の事例はどのような影響を及ぼしたのかはっきりさせる必要がある」等といった意見が出されました。

私自身、小学校社会科は、「関係性の認識」を重視するべきだと思っています。人と人、人と組織、人と国の関わり合いを通して地域そのもの、産業そのもの、政治そのもの、歴史のそのものが作り出されるように構成されるべきです。この授業の場合、武士の立場、農民の立場、宗教家の立場、富樫氏の立場など、様々な立場の人がどのように考え、どのように行動し結果として歴史がどのように作られていったのか。ロールプレイを利用する等して授業構成にも工夫を加え、関係性の認識から歴史そのものを作りだすような授業が必要でしょう。

最後に授業者である菊池先生始め、指導力向上セミナーに関わっておられる先生方、押野小学校の先生方のご活躍を祈念いたします。
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by yasuhirohashimoto | 2006-06-23 12:23 | 研究のこと

福井大学教育学部の社会科教育学担当者が日々感じること、研究のことなどを気の赴くまま記しています。


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